地域防災サポート


年々自然災害が多く、被害も甚大なものとなっている中で、住民同士の助け合いはとても重要です。

 災害の度合いの激しさ、規模の大きさ、広域化など、地域は今までと違う対応を迫られています。そのため、役所などの公的機関によるサポートが混乱をきたしています。今までの公的サポートでは住民を十分にサポートできないのです。

これは日本に限ったことではありません。世界を見渡せば、いくつもの国が公的サポートの限界に気づいていて、住民による共助と自助の強化に力を注いでいます。

日本もそのような事に力を注ぐことが求められています。

 

自分達で自分たちの地域を守る 言うは易しで行うは難しです。既存のシステムとの軋轢もありますでしょう。それを乗り越えるのは、最新のAIなどによる情報分析や、気象データ、災害国日本に生きる私たちの行動の変化をとらえる地域情報です。市民が自分達で資金を作り、工夫と知恵で活動して仲間を増やしていく。繋がりの地域社会の中で防災時はお互いを助け合うのです。

 

あなた方の地域はAre You Ready?!

 

 


第1回

ニューオーリンズ市の復興物語


2005年ハリケーンカトリーナがアメリカの都市を襲いました。

 

当時、私は米海軍消防署で予防のお仕事に携わりながら、休日に消防団へ米国の火災予防プログラムを教えていた頃でした。

 テレビで堤防決壊を見た私は、すぐにワシントンタイムズとニューヨークタイムズのHPにアクセスしました。

 

今でもそうなのですが、私は海外の新聞社の出す速報に情報を得ることにしています。

迅速で詳細だからです。

 

2005年8月29日アメリカルイジアナ州を直撃。特に堤防が決壊したニューオーリンズ市では市の80%が水没。死者1300人~1800人ともいわれている。(ジャズの街にはかなりの密入国者がいて死亡者を正確に出せなかった)被害総額は1250億ドル(14兆7千億)。

第二次世界大戦後のアメリカで最大の自然災害でした。

 

その恐ろしいハリケーンカトリーナの去った後、地元の政策当局者たちは、未曽有の災害を前にして、リーダーシップの空白に直面していました。市の役人や自治体、連邦レベルの政策者たち、学者、研究者、建築家、復興業者、都市計画会社などが次々にサポートに押し寄せ、復興の計画を立て発表しました。それによると水に沈没した地区は殆どが公園などの緑地となり、住宅は建てられなくなる計画でした。

 

そのことを知った残っていた住民たちは、まだ汚染されている土地への帰還を避難していった人々に呼びかけました。カトリックの司祭が中心となり呼びかけは成功して、多くの人々が戻ってきましたが、あまりの惨状に声もでない状況で避難先に戻る人が多数いました。

 

その中で自分達は決して「We Shall Not be Moved」”われわれは決して退かないぞ” というキャッチフレーズで5つの地区の帰ってきた住民が立ち上がりました。自分たちの土地を自分たちで守ろう。というものです。

ここからが、驚きのストーリーです。

  

何度も何度も市当局に計画の撤回を申し入れましたが、ことごとく、却下され、ついに自分たちの手でこの地区にある住宅の、清掃を行い、家の修理をして、住めるようにする決心をしたのです。教会を中心として人々は会議を重ねました。今諦めたら、このコミュニティーは解体されるのです。スピードも必要でした。

 

まずリーダーをたて、隣人を組織して、住宅が崩壊するのを防ぎ修復するという、包括的な復興計画を作成しました。

次に住民に自宅やその周りの清掃、健康被害を起こさない消毒のやり方、家の修理、電気工事などを教えるコミュニティースクールを設立し、寄付であつめた消毒薬、建築資材、用具などを貸し出し、自宅を入居可能にしました。

また、消防署や図書館を再建する資金を集め、何万人もの懐疑的な住民にこの地区への帰宅を説得しました。

 

もちろん市側からの命令や強制排除がありましたが、住民が命をかけて取り組んだこのプロジェクトを阻止することはできませんでした。なんというパワーでしょう。アメリカ西部開拓のニューフロンティア精神を彷彿させるスーパーエネルギーです

 

このような地域コミュニティーの抵抗にあい、ついに市側も机上の産物であった復興計画を白紙に戻し、住民を入れての復興計画に着手することになりました。それはニューオーリンズ市の失策で生じたカトリーナ台風の被害を希望の物語に変えた復興計画になりました。今15年たちニューオーリンズの人口は被災前と殆ど違わない人口になってきました。以前と同じように街をあるけばジャズが聞こえるフレンチクォーター地区も沢山の観光客を呼び込んでいます。

 

アメリカでも、例のない壮絶な住民の戦いでした。私たち日本人はこの物語からどのようなヒントを得ることができるでしょうか? 公的組織の強力な援助のある日本です。避難所から復興住宅までの行程もしっかり作成されています。そして現在では災害ボランティアも大勢の人たちが援助に来てくれています。寄付も本当に増えました。

 

その後はその地域のこれからも住み続ける人たちのコミュニティーの復活が大きな要素になってきます。

自分達でその地域を心地よいものにしていく事が必要になってきます。主役は自分たちなのです(自助と共助)

We Shall Not Be Moved 決して退かない この気持ちが地域に広がった時、人々は希望のあるコミュニティーを手にすることができます。人々の間をつなぐのは、緩い関係。でも気にかけてくれる関係です。

どうやって作っていくか、日本全国の被災地でも戦っています。私たちも何かできることがないか、今住んでいるコミュニティーを強くしなやかにしていく事を見つけていきましょう。その土地、土地のものが見つかるはずです。

 

参考:CDC: Centers of Disease Control and Prevention (CDC)

参考:We Shall Not Be Moved トム ウーテン著

参考: RED Cross USA (米国赤十字)

参考:Washington Post